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宮城県大崎市鳴子温泉 義経ゆかりの湯 姥乃湯へようこそ

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common-logo-logo01.jpg 義経伝説と姥乃湯の由来 tel:0229832314
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源義経伝説「源義経 決死の平泉行」 

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平安時代、都では平氏が政権を握り、戦いに敗れて伊豆に流されていた源頼朝は、治承四年(1180年)、平氏討伐の兵を挙げた。弟の源義経はただちに駆け付け、寿永四年(1185年)三月には、ついに長門の国壇ノ浦で平氏を滅ぼした。
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その後、義経は兄頼朝との間に不和が生じ、官位を失い、兄頼朝に追われることに。
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歌舞伎「勧進帳」の名場面でも知られているように、義経は奥州平泉の藤原秀衡を頼り、文治二年(1186年)二月、家来たちと夫人・北の方を連れ、山伏姿で密かに京を逃れ、北陸路に向かった。
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今日、義経の平泉落ちの順路として伝わっている中で、出羽の国と平泉の間が文献にはないためか、各地に 「義経平泉落ち」の物語が伝承されている。
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鳴子地方に伝わる物語

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出羽の国に入った義経一行は、最上川をさかのぼり、合川の津(渡し場)に上陸、難所の亀割峠さしかかったところで、身重だっ北の方が産気づき、出産。
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弁慶の助けで何とか男の子を産み落としたが、亀若丸はなかなか産声を上げない。急ぎ、この地に辿り着き、温泉に浸かると初めて産声をあげたとされている。
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それ以後、この土地は「啼子(なきこ)」と呼ばれるようになり、それが現在の「鳴子」になり、その湯が、川沿いにあったという地理的条件から「姥乃湯」だろうと伝わっている。
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その後、一行は秀衡の使者に連れられ、無事平泉に至ったという。
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この物語から、亀若丸の産湯、姥湯つまり「姥乃湯」に変化したものとされる。
その後、「姥乃湯」は1603年、徳川時代幕開けの年に温泉として開湯した。
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義経伝説と姥乃湯の由来
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【名称】
四種の源泉 鳴子温泉
義経ゆかりの湯 姥乃湯
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【所在地】
〒989-6824
宮城県大崎市鳴子温泉河原湯65
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【電話番号】
0229-83-2314
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